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世界でいちばん有名な牛 – Atom Heart Mother / Pink Floyd

今年の春、我が家に小さな暴れん坊がやってきた。
とにかく元気いっぱいの彼は日がな一日やんちゃに遊んでばかり。非常におとなしかった先代の姿を知っている身としては、ついついおもちゃを買い与えてしまう。

さて、そんな彼がぬいぐるみにかじりつく姿をぼんやり眺めていた折、ふととあることに思い当たった。

▲貪婪の権化のような表情で
うしさんとぶたさんに暴虐の限りを尽くしている様子。


牛と豚

牛と豚…

Atom Heart Mother / Pink Floyd (1970)
Animals / Pink Floyd (1976)



ピンク・フロイドかな???!


知らぬ間にプログレ小僧づいてしまって…1

というわけで、今回はもはや説明は不要の名盤、ピンク・フロイドの5thアルバム『原子心母』の牛について思いを馳せてみた。

イギリスののどかな牧草地帯を背景に、こちらを見つめるホルスタイン種の雌牛。
何の変哲もないモチーフだが、どこか不穏な空気感を漂わせている。
恐らく世界で(少なくともポップ・カルチャー界隈では)最も顔を知られた牛は彼女ではないだろうか。
記憶に新しいUNDERCOVERの2023SSコレクションでもピンク・フロイドのグラフィックをフィーチャーしたアイテムが揃っていたけれど、もちろんこのアイコニックな牛のグラフィックもラインナップの中で輝きを放っていた2

ただし、この牛の素性自体を調べるとなるとやや難儀である。
こんなに有名な牛なのに、「ルルベル3世」という個人(個牛?)情報以外はなにも分からないのだから…3

UKロック好きにはおなじみのデザイン集団・ヒプノシスが手掛けることになったいきさつや撮影の背景だとか、アンディ・ウォーホルの“Cow”(1966)にインスパイアされただとか、そういった関連エピソードには事欠かないのだが、肝心の牛についての情報は全然ヒットしない。

私が知りたいのは、

  • このアルバムの大ヒット後に顔が売れて客寄せパンダ(牛だけど)になり、地元にルルベル御殿が建った(楳図かずおハウス風)
  • 一躍有名になったルルベル3世を巡って血で血を洗う家族間抗争が行われた(モ〜やめて♪)
  • 勝手にピンク・フロイド『公認』を語る謎グッズの販売を行いロジャー・ウォーターズにブチ切れられた

とか、そういった類の取るに足らないゴシップである。
強いて言えば、
「アルバムリリース後にルルベルの所有者がバンド側に£1,0004を要求したものの、却下された」
というエピソードにたどりついたぐらいか。
このアルバムでピンク・フロイドは初のUK No.1ヒットを記録したのだし、バンド側ももう少し寛大な対応をしてあげても良かったような気がしますよ。

こうしてこの“Poor Cow5”(かわいそうな牛)のことを考えつづけていたおかげで、私の貴重な週末の数時間が溶けていくのだった。
ルルベル3世よ、永遠に。

  1. 無論、うしさんもぶたさんも紛れもなく私が買い与えたが、私はプログレ小僧ではない。 ↩︎
  2. メンズコレクションとはいえ、ミーハーな私は発売後すぐに店頭に足を運んでみた。実際、ルルベルスウェットは売れ行きが好調だったようで、サイズの欠品が目立っていた記憶がある。 ↩︎
  3. なお、裏ジャケにいる三人(牛)衆についてはさらに何も分からない。 ↩︎
  4. アーサー・チョーク(Arthur Chalke)という方がオーナーだったらしい。なお、調べてみたところ、2024年現在だとおよそ£19,000(約370万円)くらいの換算になるようだ。まあまあ強欲だったと言えるかもしれない。
    参考Webサイト:
    Currency converter: 1270–2017
    CPI Inflation Calculator
    ↩︎
  5. 全然関係はないが、初期ケン・ローチの監督作の映画“Poor Cow”(1967年, 邦題:『夜空に星のあるように』)は、ドノヴァンの主題歌が心に沁みる佳作だった。こちらについては別の機会にまた。 ↩︎

▼同じくヒプノシスがビジュアルを手掛けた販促ポスターもジャケットに負けないくらいクールだ。
(おそらく)バッキンガム宮殿の前を埋め尽くす大量のルルベル軍団。
実際にロンドンでシューティングを行ったらしく、牛の交通整理に警官も駆り出されたとか。
CGが無い時代のクリエイティブはその制作過程自体にも(良くも悪くも)痺れる要素がてんこ盛りである。

じじ

今月のひと言:
その手は桑名の焼きハマグリ